8月23日、2025公開講座桜山キノコ研修会開講第16回を実施しました。
参加者総数:45名(一般7名)
解説者:高野氏・浜口氏・阿部氏(一般参加者)
昨日からの雨も止み、清々しい朝を迎えました。
朝礼時に本日、気温が30度になるとの注意喚起があり、水分補給に付いて確認がありました。10時30分の集合を予定し各自入林。
鑑定後、解説に入り将来が楽しみな、高野会員から細部に渡り説明。非常に分かり易
く良い内容でした。一部の解説(タマゴタケ関連・寄生菌関連)は浜口会員から専門的で説明。北海道では珍しい視点と云われる、コシロオニ茸の展示があり特徴等説明。本朝、桜山にて採集。更に寄生 ・・・ 続きを読む

「致死率は10〜30%」北海道で初確認…マダニにかまれて感染する『重症熱性血小板減少症候群』(SFTS)―道と札幌市の保健所が発表「主に西日本で報告されているが最近は関東でも」
2025.08.08
北海道ニュースUHB
SFTS感染の媒介となるマダニ(資料)
北海道と札幌市は8月7日、マダニにかまれて感染する「重症熱性血小板減少症候群」(SFTS)の患者が確認されたと発表しました。北海道での発生届は初めてです。
札幌市によりますと、感染が確認されたのは、道央圏在住の60代男性。7月下旬にマダニに肩をかまれたことに気づいて除去したあと、7月30日に発熱や頭痛、筋肉痛などの症状を発症しました。
8月2日に医療機関を受診し、その後転院して入院。4日に血液検査の結果から、医師がSFTSを疑い、札幌市保健所に連絡しました。
6日、札幌市衛生研究所での検査の結果、SFTSウイルス陽性と判明し、医療機関が発生届を提出しました。
男性はいまも入院中ですが、回復傾向です。
SFTSとは
マダニ(資料)
SFTSは主にSFTSウイルスを保有するマダニにかまれることで感染します。潜伏期間は6日〜2週間程度で、発熱や嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、下血、頭痛、筋肉痛などの症状が現れます。
血液検査では血小板減少、白血球減少、血清酵素の上昇が認められ、致死率は10〜30パーセント程度とされています。従来は主に西日本で患者が報告されていましたが、最近では関東地域でも患者発生が認められています。北海道では今回が初の確認例です。
全国の発生状況
全国のSFTS患者数は以下の通り。
2021年:111人
2022年:116人
2023年:134人
2024年:120人
2025年:120人(7月27日までの速報値)
UHB 北海道文化放送
公開講座桜山キノコ研修会開講&桜山周辺の清掃
2025.05.03
■期間 5月3日〜11月15日(毎土曜日)全26回
■ 開始 AM9:00 開錠 AM8:30
■集合場所 南区真駒内桜山
■会員、会員家族を含め一般参加者も歓迎の研修会に
ぜひご参加ください。
■障害保険を掛けています、参加者名簿には必ず署名お願い致します、
■今年も珍しいキノコに出会えるか楽しみです。
皆さん、身支度を整えたうえで、お気軽に参加ください。
お待ちしています。
■11月1日、11月8日休講。
■ 桜山清掃ボランテア
■ 場所 南区真駒内桜山
■ 日時 5月3日(土)AM9:00 開錠AM8:30
■ いつも研修会場としてお世話になっている、桜山研修会会場内の危険個所の点検整備です。ご協力をお願いします。
★最近のホームページへの投稿
2024.09.09
最近ホームページに(キノコを売ってください、キノコ採取に連れて行って、キノコの採れる場所をお教えて)等おかしな投稿が入って来ております。
札幌キノコの会はキノコの販売、斡旋は行っていません!
当会は『桜山桜山キノコ観察会』を中心に、キノコの鑑定等を学ぶ会です。
■ダニ媒介性脳炎」知って 国内最初の患者・北斗の佐藤さん 後遺症で手足まひ、情報発信続ける
2024.09.05
【北斗】ウイルスを持ったマダニにかまれることで発症する「ダニ媒介性脳炎」。最悪の場合は死に至る病気で、国内では1993年以降、いずれも道内で7例が確認されている。国内で最初の患者となった市内在住の佐藤厚子さん(67)は、後遺症で両上肢などがまひし、動かせるのは右足の先だけ。佐藤さんは「病気を多くの人に知ってほしい」と話し、情報発信を続けている。
佐藤さんは東京都出身。動物好きで、帯広畜産大を卒業後、夫の能久さん(71)と結婚し、北斗市で酪農業を営んでいた。罹患(りかん)したのは93年10月。ダニにかまれた自覚はなかったが、27日に頭痛と発熱があり、翌日、市内の医療機関を受診。「風邪」と診断されたが症状が改善せず、30日に函館市内の病院に入院した。
11月1日の朝にけいれん発作を起こした時には呼吸がなく、能久さんは病院から「危篤なのですぐ来るように」と連絡を受けた。15日に人工呼吸器を外したが、体は右足の先が少し動くだけだったという。
この間、佐藤さんの記憶はほとんどなく、覚えているのは12月に、ストレッチャーで院内のクリスマス会に出たことだけ。佐藤さんは「意思があるのに声が出ない、体も動かない。もどかしかった」と振り返る。能久さんによると、その後はしきりに「私は交通事故に遭ったのか」というようなことを尋ねていたという。
翌94年2月に別の病院に移ったが、動けず、話せなかったこともあり、看護師に暴言を吐かれるなど心ない扱いも受けたという。体の状態はあまり変わらなかったが2カ月後には退院し、自宅で暮らすことになった。生活に介護が必要なことや、週に3回は通院しなければならなかったため、能久さんは同年9月に酪農の経営を断念した。佐藤さんは、当時小学生だった2人の子どもの育児もできなくなった。
「私が病気にならなければ、こんなことにはならなかった。生きているのがつらくて、自殺の方法も考えた。でも、舌をかめば痛いし、どうしても人間は生きようとするものだった」と佐藤さん。リハビリを重ね、食べることと話すことは可能になったが、今も両手足はほとんど動かない。「生きていていいのか」という気持ちは消えなかったが、「こういう人間もいるんだと、分かってもらいたいと思った」。
98年に障害者団体「With You 前向きな障害者と仲間たち」を立ち上げ、交流会や講演などで情報発信を始めた。小さな声しか出せないため、活動時はマイクを使って話し、わずかに動く右足の先で足用マウスを使い、会報を作成するなどしてきた。
佐藤さんは「症例は少ないかもしれないけれど、実際に患者は出ていて、苦しい思いをしている。行政には、もっとダニや病気についての注意喚起に力を入れてほしいし、多くの人に、病気や障害について知ってもらいたい」と強調する。
現在は週1回病院に通い、能久さんや訪問介護のスタッフらに支えられ、生活する。佐藤さんは「周囲の支えがなければここにいられなかった。人は人に生かされていると思う。感謝しています」と穏やかに話した。
北海道新聞より!